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特別コレクション

カンポ・デ・クリプターナ特別コレクション

絵画 × 現地取材写真 — 風車・街並み・扉と窓・風景

徳永卓磨が40年以上にわたり通い続けたスペイン・カンポ・デ・クリプターナ。この特別コレクションでは、現地で描かれた絵画と、現地取材で撮影した実際の風景写真を並べて比較しながら、それぞれの作品が持つ「①インパクト(Impresión)」「②技能(Técnica)」「③物語(Historia)」を紹介する。

現地取材写真および物語(Historia)は、2026年9〜11月に予定されている現地取材の結果をもって順次公開する。

沿革・関係者の言葉を見る ↓

沿革

徳永卓磨とカンポ・デ・クリプターナとの関わりを、既存の寄稿文・現地の記録から年表として再構成した。

  1. 1973 徳永卓磨、列車の窓から風車を発見し、カンポ・デ・クリプターナを初めて訪れる。宿「バル・デ・ロス・モリノス」に投宿し、女将カルメンとヴィセンテ父子と出会う。
  2. 1970年代 地元の画家フランシスコ・バルブエナと出会い、「クエバス・デ・ラ・パストーラ・マルセラ」やラス・ムサスで親交を結ぶ。
  3. 複数回にわたり 妻・幸子が同行するようになり、寄稿文の一つによれば、これまでに13回にわたり共にカンポを訪れている。
  4. 2度にわたり 徳永卓磨・幸子の現地での記録によれば、皇太子ゆかりの展覧会がカンポ・デ・クリプターナでこれまでに2度開催されている。2度目は日本・スペイン修好150周年を記念したもの。
  5. 2017 「ムセオ・エル・ポシト」にて、卓磨の来訪45周年を記念した展覧会を開催。町長アントニオ・ルカス=トレス氏、アンドレス・エスクリバーノ氏とミゲル・アンヘル・メジャード氏、ミゲル・バルブエナ氏がそれぞれ寄稿文を寄せた。
  6. 2018 同じ「ムセオ・エル・ポシト」にて、再び展覧会を開催。
  7. 2026年9〜11月(予定) カンポ・デ・クリプターナへの現地取材を予定。現地の方々への聞き取り、絵画作品と現地風景の比較撮影を行い、本コレクションに順次反映する。

主要人物の証言

2017年の「エル・ポシト美術館」展に際して寄せられた寄稿文、および徳永卓磨自身の現地記録から、カンポでお世話になった方々を紹介する。Q&A形式のインタビューは、2026年9〜11月の現地取材後に別途追加予定。

アントニオ・ルカス=トレス・ロペス=カセーロ

カンポ・デ・クリプターナ町長

“両芸術家は1970年代から毎夏私たちを訪れ、カンポ・デ・クリプターナを第二の故郷とし、私たちの風景を彼らの作品の主人公へと変えてきました。”
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アンドレス・エスクリバーノ

町立「文化の家」元館長

“日本の絵画教授である卓磨は、思いがけずカルメン、ヴィセンテ、アルフォンサの家を「ラ・マンチャのパゴダ(仏塔)」に変え、45年前から毎夏そこへとやって来ます。”

カンポでの展覧会を全面的に支えてくれた中心人物。

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ミゲル・アンヘル・メジャード

エル・ムンド紙 元副編集長

スペイン三大紙の一つ『エル・ムンド(El Mundo)』紙の元編集長。かつて新聞記事で私たちを紹介してくれた。

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ミゲル・バルブエナ

故フランシスコ・バルブエナの息子

“タクマが初めてクリプターナに来たとき、彼はビセンテとカルメンが当時経営していた小さな宿「バル・デ・ロス・モリノス」に宿泊しました。彼はすぐにみんなに愛されるようになり、結局のところ、彼はあの大きな家族の一員となりました。”

父の跡を継ぐように、今も絵を描き続けている。教養が高く、頼りになる存在。

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カルメン故人

宿の女将

本人への聞き取り(インタビュー)は現地取材後に追加予定です。

フランシスコ・バルブエナ故人

現地の画家

出会いから最期まで、公私にわたり徳永卓磨を支えてくれた。

本人への聞き取り(インタビュー)は現地取材後に追加予定です。

ヴィセンテ

宿の長男

14歳で初めて出会って以来、今も変わらず力になってくれている。

本人への聞き取り(インタビュー)は現地取材後に追加予定です。

カルメン(親戚一同)

宿の女将カルメンの親戚

幸子の絵にもたびたび描かれ、現地での暮らしの中で最も親しくしてくれた一人。

本人への聞き取り(インタビュー)は現地取材後に追加予定です。

高橋氏

現地ガイド協力者

カンポの風車の丘を日本人団体が訪れる際、ガイド役を買って出てくれる心強い協力者。

本人への聞き取り(インタビュー)は現地取材後に追加予定です。

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