アントニオ・ルカス=トレス・ロペス=カセーロ
カンポ・デ・クリプターナ町長
“両芸術家は1970年代から毎夏私たちを訪れ、カンポ・デ・クリプターナを第二の故郷とし、私たちの風景を彼らの作品の主人公へと変えてきました。”寄稿文の全文を読む →
絵画 × 現地取材写真 — 風車・街並み・扉と窓・風景
徳永卓磨が40年以上にわたり通い続けたスペイン・カンポ・デ・クリプターナ。この特別コレクションでは、現地で描かれた絵画と、現地取材で撮影した実際の風景写真を並べて比較しながら、それぞれの作品が持つ「①インパクト(Impresión)」「②技能(Técnica)」「③物語(Historia)」を紹介する。
現地取材写真および物語(Historia)は、2026年9〜11月に予定されている現地取材の結果をもって順次公開する。
沿革・関係者の言葉を見る ↓徳永卓磨とカンポ・デ・クリプターナとの関わりを、既存の寄稿文・現地の記録から年表として再構成した。
2017年の「エル・ポシト美術館」展に際して寄せられた寄稿文、および徳永卓磨自身の現地記録から、カンポでお世話になった方々を紹介する。Q&A形式のインタビューは、2026年9〜11月の現地取材後に別途追加予定。
アントニオ・ルカス=トレス・ロペス=カセーロ
カンポ・デ・クリプターナ町長
“両芸術家は1970年代から毎夏私たちを訪れ、カンポ・デ・クリプターナを第二の故郷とし、私たちの風景を彼らの作品の主人公へと変えてきました。”寄稿文の全文を読む →
アンドレス・エスクリバーノ
町立「文化の家」元館長
“日本の絵画教授である卓磨は、思いがけずカルメン、ヴィセンテ、アルフォンサの家を「ラ・マンチャのパゴダ(仏塔)」に変え、45年前から毎夏そこへとやって来ます。”
カンポでの展覧会を全面的に支えてくれた中心人物。
寄稿文の全文を読む →ミゲル・アンヘル・メジャード
エル・ムンド紙 元副編集長
スペイン三大紙の一つ『エル・ムンド(El Mundo)』紙の元編集長。かつて新聞記事で私たちを紹介してくれた。
寄稿文の全文を読む →ミゲル・バルブエナ
故フランシスコ・バルブエナの息子
“タクマが初めてクリプターナに来たとき、彼はビセンテとカルメンが当時経営していた小さな宿「バル・デ・ロス・モリノス」に宿泊しました。彼はすぐにみんなに愛されるようになり、結局のところ、彼はあの大きな家族の一員となりました。”
父の跡を継ぐように、今も絵を描き続けている。教養が高く、頼りになる存在。
寄稿文の全文を読む →カルメン故人
宿の女将
本人への聞き取り(インタビュー)は現地取材後に追加予定です。
フランシスコ・バルブエナ故人
現地の画家
出会いから最期まで、公私にわたり徳永卓磨を支えてくれた。
本人への聞き取り(インタビュー)は現地取材後に追加予定です。
ヴィセンテ
宿の長男
14歳で初めて出会って以来、今も変わらず力になってくれている。
本人への聞き取り(インタビュー)は現地取材後に追加予定です。
カルメン(親戚一同)
宿の女将カルメンの親戚
幸子の絵にもたびたび描かれ、現地での暮らしの中で最も親しくしてくれた一人。
本人への聞き取り(インタビュー)は現地取材後に追加予定です。
高橋氏
現地ガイド協力者
カンポの風車の丘を日本人団体が訪れる際、ガイド役を買って出てくれる心強い協力者。
本人への聞き取り(インタビュー)は現地取材後に追加予定です。